「給料が上がらない=見捨てられた?」と感じる瞬間
昇給の話が出ないまま時間が経つと、社員の心の中には静かに「自分は評価されていないのかも…」という不安が芽生えます。
それが蓄積すると、「この会社はもう自分たちを大事にしようとしていないのでは?」という気持ちに変わっていきます。
特に、ニュースやSNSで「賃上げを発表した企業」が目立つ今の時代、社員が他社と比べてしまうのは自然なことです。
「自分たちだけ置き去りにされているのでは?」という疑念が生まれると、日々の仕事にも影を落としはじめます。
大きな声で文句を言う人はいなくても、心のなかでそう感じている社員が増えていくと、チームの一体感は少しずつ崩れていきます。
そう、「給料が上がらない」ことそのもの以上に、「大事にされていない」と感じることが問題なのです。
利益があっても昇給に踏み切れないリアルな事情
「黒字なんだから賃上げできるでしょ」と思われがちですが、実際にはそう簡単な話ではありません。
会計上の利益と、手元に残るキャッシュには大きな差がありますし、経営者としては将来の不確実性に備えて一定の余裕を確保しておく必要があります。
また、仕入れ価格やエネルギーコストの上昇、借入返済や設備投資など、固定費以外の支出にも圧迫されている企業は多いでしょう。
一度上げた給与は簡単に下げられません。だからこそ、「本当に持続可能な賃上げなのか?」を何度も自問する必要があるのです。
こうした“賃上げに踏み切れない理由”は、経営者側にとっては常識かもしれません。
しかし、社員はその事情を知らず、「出し惜しみしている」と誤解してしまうことも少なくありません。
だからこそ、数字の話も含めて、きちんと背景を説明することが大切なのです。誠実に共有されれば、社員もまた現実を理解しようと歩み寄ってくれるはずです。
黙ってやり過ごすと、かえって誤解を深める
「今は厳しい時期だから」「説明しても不安にさせるだけかもしれない」――そんな思いから、賃上げについてあえて触れずにやり過ごそうとする経営者もいるかもしれません。
しかし実は、その“沈黙”こそが社員の不安をもっとも強める要因になります。
人は、情報がないときには自分で勝手に解釈を補います。
「きっと会社は利益を隠してるんだろう」
「社長は自分のことしか考えていないのかも」
――そんな想像が一度社員の頭に浮かんでしまうと、それを打ち消すのはとても難しくなります。
また、賃上げがない理由が共有されないまま時間だけが過ぎると、「この会社は社員に説明責任を果たそうとしない」という印象さえ与えてしまいます。
そうなると、社内に「言っても無駄」「どうせ伝わらない」といった諦めの空気が広がり、組織の力が静かに弱っていくのです。
「今はできない」ことを伝えるのは勇気がいりますが、「何も言わない」ことのほうが、ずっと大きな損失につながるということを忘れてはいけません。
説明がないまま期待を裏切ると、人は静かに離れていく
「このまま働き続けていて、本当に大丈夫なのか…」
これは、社員がふと感じる不安のひとつです。そして、その不安に背を向けたままでいると、気づかぬうちに信頼が削られていきます。
人は、自分が期待していたことが裏切られたとき、強い感情を持ちます。
でも中小企業では、その感情が外に出てくることは少なく、むしろ“沈黙のまま離れる”ことのほうが多いのが現実です。
「もっと評価されたい」「頑張りが報われてほしい」という期待は、どんな社員にもあります。
それが何も伝えられず、何も変わらずに続いていくと、静かにモチベーションが下がり、やがて転職サイトを開く手が動き出すのです。
特に若手社員は、職場環境の改善や評価の納得感を重視する傾向が強く、「ここで長く働く理由が見つからない」と判断されてしまえば、定着は難しくなります。
だからこそ、昇給が難しい状況でも、「期待を裏切られた」と感じさせないための丁寧な説明とコミュニケーションが、今の経営に求められているのです。
給料以外にも「ちゃんと見てくれてる」と思わせる手はある
「昇給できない=何もできない」ではありません。実際には、給料以外でも社員に“報われている実感”を持ってもらう手段はたくさんあります。
むしろ、中小企業だからこそできる、柔軟で温かみのある対応こそが、社員の心に響く場面も多いのです。
たとえば──
・成果をしっかりフィードバックする1on1ミーティング
・社内報や朝礼で努力を紹介し、周囲からも称賛される機会をつくる
・小さな気配りや自由度の高い働き方で、働きやすさを実感してもらう
こうした「見てくれている」「わかってくれている」という実感こそが、数字ではない“感情的報酬”になります。
そしてこの感情的報酬が、給料以上に社員の定着ややる気を左右することもあるのです。
大企業のようにお金で全てを解決することはできなくても、「この会社で働いていてよかった」と思える瞬間を増やすことは、今すぐにもできることです。
まずは小さくてもいい、“誠意ある一言”を伝えてみよう
ここまで読んでくださった方に、ぜひお願いしたいことがあります。
それは、今の状況を変えようと無理に賃上げに踏み切るのではなく、まず「小さな誠意」をひとつ、社員に伝えてみることです。
たとえば、社内メッセージでこう伝えるだけでも違います。
「今は大きな昇給は難しいですが、日々の頑張りはしっかり見ています。必ず報いていけるよう、状況を整えています。」
それだけでも、「見てくれているんだ」「ちゃんと考えてくれているんだ」と受け取る社員はいます。
そしてそのひとことが、沈黙による不安を和らげ、信頼の糸をつなぎ止める力になります。
すぐにお金を用意することはできなくても、今日、あなたの言葉でできることはあります。
“賃上げできない”という事実を、社員との距離を縮めるきっかけに変えてみませんか。