「頑張っても報われない」と感じさせる空気が危ない
どれだけ一生懸命働いても、いざ辞めるときに「これだけ?」という退職金では、社員の心に引っかかりが残るものです。特に長く働いてくれた社員にとっては、退職金は“会社からの感謝の形”として受け取られがち。そこに期待とのギャップがあると、静かに不満が積もっていきます。
退職金は、金額そのものよりも、「自分がどう扱われているか」を感じさせる存在です。
そしてそれが、「この会社に残る意味があるのか」「ここでキャリアを積む未来が見えるか」といった思考に直結していきます。
社員は、口には出さなくても周囲と比較しています。同業他社の話、同級生の待遇、ネットにある情報。そうした断片的な情報が「自分は損しているのかも…」という感情に火をつけてしまうのです。
だからこそ、「うちは退職金が少ないから…」と自分たちだけの基準で安心してしまうのは危険です。社員の“気持ちのライン”を見誤らないことが大切です。
退職金が少ないのは仕方ない…だけじゃ済まない理由
中小企業の多くにとって、退職金制度をしっかり整備するのは難しいというのが現実です。
資金繰りに余裕がなく、毎月の給与や賞与の支払いで精一杯という状況では、退職金まで手が回らないのも当然です。
そのため、「うちは退職金が少なくても仕方ない」と割り切っている経営者の方も多いのではないでしょうか。確かに、制度的な側面から見れば“そういう会社もある”で通るかもしれません。
ただし、問題はその説明が社員にきちんと伝わっていないことです。
社員は「仕方ない」という背景を知らないまま、「会社は自分の将来をどうでもいいと思っているのでは?」と感じてしまう。そうなると、納得感どころか信頼すら薄れてしまいます。
本当に大切なのは、“なぜそうなっているのか”を正直に伝え、別の形での報い方を考えていることを示すこと。退職金の金額だけでなく、誠意と姿勢が問われているのです。
そのまま放置すると、信頼もじわじわ減っていく
退職金が少ないという現実をそのままにしておくと、見えないところで社員の信頼がすり減っていく可能性があります。
最初は「そういう会社なんだな」と納得していたとしても、あるタイミングで「あれ?他の会社とずいぶん違うな」と気づいた瞬間、不満の火種が心に残ってしまう。
そして、それは徐々に「この会社に将来はあるのか?」「長く働いても意味があるのか?」という疑問へと変わっていきます。
特に、家庭を持つ社員や、子どもの進学などで将来の出費が見えてきたタイミングでは、老後資金や退職後の生活が現実の課題としてのしかかってくるのです。
こうした信頼の低下は、すぐに爆発するようなクレームにはなりません。
むしろ、何も言われないまま、静かにモチベーションが落ち、やがて転職という選択を取られてしまう――そんな“じわじわした離脱”が最もこわいのです。
採用も定着も、“見えない不満”に足を引っ張られる
退職金の少なさは、実は“これからの人材”にも影響を与えます。
採用活動の場では、求職者が「待遇の見える化」を重視するようになっており、退職金の有無や内容は、その企業の誠実さを測る指標のひとつとして見られています。
たとえ初任給が高くても、「長く働いても報われない会社」と思われてしまえば、候補者の気持ちは離れてしまいます。
また、社内でも「このままでは未来が不安だ」と感じる社員が増えると、チャレンジ精神が薄れたり、自分の成長を他社に求めたりと、結果的に定着率が下がっていきます。
“見えない不満”は、数値には現れませんが、確実に社内の空気を変えていきます。
採用・育成・定着…いずれの面でも、その影響はじわじわと表面化してくるのです。
だからこそ、退職金の有無にかかわらず、「この会社で働いてよかった」と思ってもらえる仕組みを、今から整えていくことが大切なのです。
制度がなくても伝わる、「大切にされている」実感
退職金制度が万全でなくても、社員に「自分は大切にされている」と感じてもらうことはできます。
それは金額や制度の整備よりも、「日頃どのように扱われているか」「会社が自分の人生に関心を持ってくれているか」という感情の部分に強く結びついています。
たとえば、節目の年に手紙や感謝状を渡す、退職時に経営者からの言葉を添えて送別会を開く、長年の貢献を丁寧に振り返って全社員で共有する――こうした“言葉”や“場づくり”が、制度では補えない温かさを生み出します。
中小企業の強みは、顔の見える距離感です。だからこそ、ひとり一人に向き合う誠実な姿勢が、制度以上の納得をもたらすことも少なくありません。
大切なのは「お金の額」よりも「扱いの質」。
社員の人生の区切りに、会社として何を贈るか――それが、退職金の代わりに残る“記憶の報酬”になります。
まずは退職金じゃなくてもできる“3つの報い方”を考えよう
では、実際に何から始めればいいのか。まずは「退職金ではない方法で、社員にどう報いるか?」を考えることです。
たとえば──
- 長期勤続者に旅行券や家族向けのプレゼントを贈る
- 節目退職者に、社長直筆の手紙と記念品を渡す
- 年に1回、貢献度の高い社員を表彰し、社内で功績を称える
こうした取り組みは、制度がなくても“報われている”と感じられる瞬間をつくることができます。
そして、社員が周囲に「うちの会社は、ちゃんと見てくれてる」と話したくなるような出来事になれば、それが信頼として社内外に広がっていくのです。
退職金が少なくてもできることは、意外とたくさんあります。
大切なのは、「何もできない」ではなく、「今できることを始める」姿勢。
まずは今日、報い方を3つ、紙に書き出してみてください。それだけでも、未来の空気は少し変わっていくはずです。